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厳島神社

広島に行きたいと思ったのは、宮島厳島神社を1度は訪れたかったから。数年前から考えていたので、ようやく念願が叶いました。

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まずは厳島神社のシンボルである大鳥居。社殿の先端、大鳥居に最も近い場所から撮ったのが上の写真です。下の写真は、社殿の奥にある回廊から撮った写真。距離感がわかっていただけるでしょうか?

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いずれの写真も8月28日午後12時30分頃に撮影したのですが、かなり潮が引いた状態です。潮が満ちているときは、社殿の下まで海水が来ていて、いかにも水上に浮かぶ神社なのですが、今回はその雰囲気を味わうことができず残念でした。

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しかし、潮が引いているのなら、それはそれで楽しみがあります。条件がよければ、大鳥居まで歩いて行けるのです。宮島は他にも見所があるので、ひと回りして帰ってくると、見事に潮が引いていました。時間は午後4時頃。思わずガッツポーズです。

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厳島神社が現在の姿になったのは平安時代。それ以前にも同じ場所に神社はあったようですが、これほど豪華な建造物となったのは、時の権力者・平清盛の後押しがあったから。そして時をへだてた戦国時代、この地で起きた厳島の合戦に勝った毛利元就は、これを契機に中国地方の覇権を握りました。

歴史に思いをはせるのに、これほど最適な場所はないでしょう。季節を変え、時間帯を変え、また訪れたいと思います。

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大和ミュージアム

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広島旅行の初日、呉の大和ミュージアムに行きました。写真は同ミュージアムのキラーコンテンツである、戦艦大和の1/10模型。NHKの「その時歴史が動いた」でこの模型を見て以来、ずっと実物を見たいと思っていました。

それにしてもデカイ。写真の右後方に写る親子と大きさを比較していただければ、多少は大きさが伝わるかと思います。

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そして精巧です。上の写真が艦橋付近の様子ですが、とても丁寧に作り込まれている印象がします。本物との比較ができるような知識は持ち合わせていないのですが、きっと細部にまでこだわった作り方をしているんだと思います。

ついでに、製作者の遊び心も感じます。艦橋の一番上に、双眼鏡を持つ監視係まで置いていますからね。

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いやあ、良いものを観ました。満足、満足。

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東京脱出

今日の早朝の飛行機で、東京を脱出します。実際に住んでいるのは神奈川県川崎市ですが、「神奈川脱出」も「川崎脱出」も、どうも間が抜けた感じがするので、「東京脱出」です。

とはいえ、たったの3日間です。おまけに、暑い東京を脱出するんだから、涼しいところに行けばよさそうなものを、同じように暑そうな広島に行きます。ずっと前から観たいと思っていた、宮島の厳島神社に行くためです。世界文化遺産です。

広島市内のホテルを拠点に、2泊3日で宮島、呉、岩国に足を運ぶ予定。「これは観ておけ」、「あれは食っておけ」という情報があれば教えてください。

ではでは~。

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県立高校の優勝

夏の風物詩、全国高校野球大会は、県立佐賀北高校の優勝で幕を閉じました。県立高校が頂点に立ったため、例年とは違う形で、優勝校に注目が集まっているようですね。選手のみなさん、多くは進学を目指しているとのこと。ぜひ、このあとも頑張って欲しいと思います。

うがった見方かもしれませんが、普通の県立高校の優勝という快挙に、もっとも喜んでいるのは高野連でしょうね。春に大騒ぎになった特待生制度のことが、すっかり忘れ去られたようです。高野連(高校野球連盟)は佐賀北高校優勝の勢いを借りて、「特待生制度なんてものがなくても優勝できるんだ。特待生制度は絶対認めん」なんて言ったりして(苦笑)

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脳内メーカーの結果

テレビで紹介されたり、あちらこちらのブログで紹介されたり、の脳内メーカー。混雑でなかなかサイトにたどりつけなかったのですが、昨日やっとアクセスできました。以下、本名でやってみた結果です。

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まずは一般的な「脳内」。人によっては、「欲」「食」「H」などの文字だけで埋め尽くされた、という事例もありますから、それに比べれば普通かな。


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なんじゃこりゃ?? 同サイトの別メニューである「前世の脳内」は、「芸」で埋め尽くされました。僕の前世は芸人か? 仮にそうだとしても、由緒正しき歌舞伎役者ではなく、神社の境内あたりにいる大道芸人だろうなあ……。


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最後に「脳内フェチ」です。ええっと、何て申し上げたらいいのか……。実は、ひそかに大笑いしてしまいました。半分ぐらいは当たっているようです(笑)

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本日のランチ

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マクドといえば、やっぱ、メガマックですね。再登場を大歓迎します。
ちなみにメガてりは、ちょっと胸やけがして、つらかったです(^^;

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ザ・コンピュータ館閉店へ

1990年代の秋葉原のランドマークといえば、間違いなくラオックスのザ・コンピュータ館(ザ・コン)でした。秋葉原が家電の街から、パソコンの街へと変貌した1990年代。その象徴ともいえるザ・コンの閉店が発表されました

ザ・コンが開店した1990年は、いまだウインドウズは登場しておらず、パソコンは一部のマニア向けのおもちゃでした。1991年に就職で東京に来た僕は、噂の秋葉原をひと目見ようと早速足を運び、ザ・コンの斬新さに目を見張ったものです。

大型のパソコン専門店が珍しかったのはもちろんですが、売り場構成が当時としてはユニークでした。1階フロアにパソコン関連雑誌・書籍売り場、2階はソフトウェア売り場、パソコン本体は3階か4階で売っていました(さすがに記憶は定かでないです)。売れる頻度が高いものを下のフロアに置き、たまにしか売れないものは上のフロアに置くというコンセプト。パソコンが珍しかった時代に即した、売り場構成だったと思います。

ちなみに、ザ・コンの初期の店作りや品揃えは、パソコンソフト卸売り大手のソフトバンクが、ほぼ一手に引き受けていたことは知る人ぞ知る事実(最近どうなのかは知りませんが)。この頃のソフトバンクは、パソコンソフトの卸売りと、パソコン関連雑誌・書籍の出版だけの会社だったんですよ。

すでに秋葉原は、パソコンの街からオタク文化発信の街に変わり、JR秋葉原駅の大改装やヨドバシカメラAkibaの開店によって、人の流れも変わっています。時代とともに変わる秋葉原。ザ・コンの閉店も、その一環なのでしょうね。

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